吃音・どもりで自殺を考えた私のイタすぎる経験【閲覧注意!?】
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この記事では、吃音・どもりで自殺を真剣に考えるまでになった、私のイタすぎる経験について書いてみたいと思います。

もうかれこれ十数年前の出来事です。出来るだけ思い出して細かく描写してみたいと思います。

【閲覧注意!?】と書いているのは、ちょっと刺激が強い内容であるからです。だから、刺激に弱い人は読まないでください(;^ω^)

ただ、吃音・どもりで自殺を考えた私のイタすぎる経験はきっと誰かの役にたつと思って信じて書いていきます。

是非、最期までお付き合いください。

この記事で得られる情報

吃音・どもりで自殺を考えるまでに至った私のイタすぎる経験

まず吃音について語るうえで、大切なポイントなのですが、

私は成人吃音者で大人になってからの中途障害者?です。(23歳で吃音者になりました)

だから、吃音者ではなかった頃の記憶は結構ハッキリとしています

なので、吃音・どもりを自覚する前からの話を書くことにとても意味があると思いますので、吃音者になる以前のことから書いていきます。

タイトルにある「イタすぎる経験」についてのみ読みたい方は、chapter_2からご覧になってくださいネ。

 

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chapter_1 吃音・どもりのはじまりと自覚と覚醒と

吃音・どもりの『自覚』と『覚醒』

吃音・どもりは『自覚』するようになってからが始まりとよく言われます。

『吃音』という症名を知るのは、もっともっと後のことになるのですが、まさに私にも同じような事が起きました。

私の最初のつまづきは

「あれ?電話で会社名が言えないことがある・・・。」

という気づきだったのです。

大学を出て、夢にまで見た憧れの仕事をしている希望の会社に入社して数か月たった頃の話です。

私は体育会系ということもあり、ハツラツとしていましたので、それまでは、

社長
「君が電話に出ると元気で気持ちがいいといって取引先からも評判いいよ!」

わたし
「はいっ!ありがとうございます!」

と社長からも褒められているような状態でした。

当時、私は、若気の至りで意気揚々としていました。

 

しかし

 

ある時から喋りがおかしくなり始めたのです。

取引先
📞「トゥルルルルルルゥ~~~~」

わたし
「はいっ、・・・・・・クッ・・・・・・クッ・・・・・・(あれ?会社名が言えない?)」

こんな状態が続くことになります。

社長や先輩からは、

社長
「電話に出る前に深呼吸してから出ればいいんだよ。」

とアドバイスされましたが、最初は功を奏した時もありましたが、やはり失敗も多くありました。

だから、徐々に電話の音が鳴るだけでカラダが硬直し、深呼吸もろくに出来なくなっていきました

 

そして、悪夢が始まっていきます・・・。

 

もう会社名を言うことだけに必死ですから、電話が鳴ると周囲が見えなくなります。

電話が鳴り、必死で、

わたし
「はい、・・・・・・クッ・・・・・・クッ・・・・・・クッ・・・・・・〇〇株式会社ですぅ~!」「はぁ、はぁ・・・。」

と、数秒かかってやっと会社名を言えてハッと我に返った時には、私はデスクの下にもぐりこんでしまっている時もありました。

もちろん、そんな行動を取ろうとしてとっているのではありません。

必死に声をしぼりだそうとしてもがいた結果そうなっていたのです。

私は

わたし
「オレのカラダ、いったいどうなってしまったんだよ!?」

わたし
「クソッ!なぜ、会社名だけが言えないんだ!?」

と意味不明な現象に毎日頭をさいなまれることになりました。

しかし、私は自分自身が吃音・どもりであると知るのは、もっともっと後になってからなのでした

 

吃音・どもりは実は既に始まっていた!?

後になってから振り返って気づいたのですが、私は学生時代にアルバイトをしていた飲食店での接客業で

わたし
「なんか、お客さんに注文された商品を持っていく時、たまに商品名を言えない時があるな・・・。」

といった自覚が少々あったのです。

でも、

わたし
「接客になれていないだけで、緊張しているだけさ。」

わたし
「社会人になれば、場数を踏んで慣れるさ。」

と、あまり気に留めることなく過ごしていました。

だって日常生活でどもることなんて全くありませんでしたから。

だから、少々吃音症状が出ていても、何も気にせずに暮らせていました。

むしろ、活舌よく大きな声でハツラツと喋っている事がほとんどでした。

だって、緊張したら誰でも言葉に詰まることなんてありますからね。

その程度の感覚です。

しかし、その時から吃音・どもりの芽は出していたのかもしれません。

 

吃音・どもりへの抵抗

「会社名を言えなくなった」

という自覚を持ち始めてから、私は混乱の日々を迎えます。

わたし
「クソッ!、なぜ、会社名だけ言えないんだ!」

仕事中もずっとその思いが頭を巡り、仕事にも集中できないことが多くなります。

そして、同僚や先輩が帰った後、職場に一人残り、自分の携帯から会社に電話をかけ、電話を取る練習をしたりしていました

それでも、

わたし
「はい、・・・・・・クッ・・・・・・クッ・・・・・・クッ・・・・・・。」

となることがほとんどなのでした。

わたし
「なぜ、相手は自分だとわかっているのに、喋れないんだ!?クソッ!」

と、私はさらに混乱していくことになるのでした。

 

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chapter_2 吃音・どもりによる悲劇

恐ろしい「評価の変化」

電話で会社名が言えなくなっているから、一人居残り、自分で会社に電話をかけて、電話を取る練習をする。

普通に考えると、私はごく当たり前の行動をしていたわけです。

しかし、その結果がもたらしたものは、

わたし
「電話の相手は自分だとわかっているのに、なぜそれでも会社名が言えないんだ!?」

わたし
「オレは何かおかしな魔法の病にでもかかってしまったのか!?」

という思考であり、ますます混乱を呼び、自慢であった活気をどんどん私から奪っていくのでした。

そして、活気がなくなるから、私の吃音・どもり症状はますますひどくなっていったのでした。

こうなってくると、吃音・どもり症状がなかった頃の

社長
「君が電話に出ると気持ちがいいといって取引先からも評判いいよ。」

という社長からの評価もガタガタと音を立てて崩れはじめます。

 

暴言から暴力へ!?

最初は会社名だけだった私の吃音・どもり症状も、段々と言えない言葉のレパートリーを増やしていくのでした。

すると、普通に喋れていた頃の私のコトを評価してくれていた社長はとうとうシビレを切らし、

社長
「お前、どんどん喋れなくなっているじゃないか!!!?」

と怒鳴られたのです。

そして、

社長
「お前はもう電話に出るな!お客さんに失礼だ!」

とまで言われるようになりました。

ヒドイ時は、

社長
「お前は精神異常者か!?」

社長
「そんなことも喋れなくて、お前は幼稚園児か!?」

社長
「お前はもう死ね!明日死ね!」

とまで言われるまでになっていました。

(今だと完全にパワハラ・モラハラですね・・・💦)

 

しかし、「電話に出るな!」と言われても私は、

わたし
「電話も取れない人間になったら社会人として終わりじゃないか・・・。」

という思いが強く、その後も電話に出続けました。

社長の命令でも無視して電話に出続け、失敗を繰り返して、怒鳴られ続け、ますます気を病んでいくことになります。

ある時は、社長に食事に呼ばれたと思えば、

社長
「お前、そろそろ次の人生考えておいたほうがいいぞ。」

とだけ吐き捨てられ、お金だけおいて消えていかれました。

わたし
「親を裏切ってまで掴んだ夢の仕事で、まだ1年目からクビ宣告を受けるなんて・・・。」

その時、生まれて初めて無意識に涙が溢れて止まらない経験をしました。

体中が悲鳴をあげていた証拠なのだと思います。

私が悲鳴をあげているカラダを無視するばっかりに、カラダは我慢しきれず泣いていたのだと思います。

そして、その後もどんどん仕事に集中できなくなり、ミスを連発するようになります。

そして、とうとう

社長
「おまえわぁ~~~あぁあ~!!!!!」

と社長をブチギレさせてしまい、

ボカボカッ!!!

ドスドスッツ!!!

と数発、力いっぱいの暴力を受けてしまいました。

その時の社長の形相や力強さは今も忘れられないくらいにカラダに残っています。

 

そして出社拒否へ

茫然自失の私は、カラダにアザが残るくらいの暴力を受けても、思考が完全にマヒしていました。

わたし
「夢にまで見たこの仕事、負けてたまるか・・・。」

と会社に行き続け、電話にも出続けました。

しかし、精神は間違いなく蝕(むしば)まれており、数か月後、とうとうその日が訪れます。

 

プツンッ・・・

 

なにかがはじけるように、緊張の糸が切れ、何もかもがどうでもよくなり、無断で会社を休むようになります。

会社から連絡が来ても、電話にも出ず。いわゆるブッチですね。

完全に善悪の判断がおかしくなってしまっていました。

 

そして家族を混乱させ自殺を考える

私は、安定を願っていた親の期待を裏切り、推薦状を出していた大企業へのも就職も断り、自分のやりたい仕事をするために、大言壮語して、小さくてもこの会社を選んだのです。

大学の教授からの推薦でもあった為に、それを自ら断ったわけで、

大学
「君には今後、何があっても仕事の紹介はしないからな!」

とまで言われていたからこそ、その仕事にかける思いは人一倍だったのです。

わたし
「絶対に何があっても根性でくぐりぬけてやる!」

と意気込んでいました。

だから、もうその会社でやっていけなくなった時、

わたし
「会社の名前が言えないからクビ!?・・・」

わたし
「そんな話あるか!?」

わたし
「こんなことで・・・こんなことで・・・クソッ・・・。」

といった悔しさが恐ろしく強くありました。

 

その後、私は仕事を辞めることになり、再就職して社会生活をする自信さえも完全に喪失し、仕方なく親を頼らせてもらうことになりました。

そして、自分を奮い立たせるためにも、母親に対し、

わたし
「いつか、大金を稼いで楽させてやるからな!」

と話した時、母親には、

「あんたは、いつも口だけやな。」

と返されました。

一番気持ちを理解して欲しかった母親にそう言われ、自殺願望はMAXまでなっていましたが、まぁ仕方ありません。

私という人間は親から見てもそういう人間だったのです。

 

かくして、暗黒の時を迎えるわけですが、ここからなんとか第二の人生を歩み始めます。

そして、自分のカラダに起きている症状を色々と調べ出し、この時にやっと

わたし
「オレのこの症状って、『吃音』って言うのか。」

という事を知るわけです。

 

chapter_3 吃音・どもりによる性格や世界の見え方の変化

吃音・どもりによる性格や行動の変化

吃音者になる前の私の性格って、

✅初対面の人にでも自分から話しかける
✅友達づきあいが好き

な人間でした。

しかし、吃音・どもりになってからは、

わたし
「どもったら嫌だから、自分から喋りかけるのはやめとこう。」

わたし
「飲み会に行っても、喋ってストレス発散できないしな~。」

わたし
「友達付き合いも、なんか友人たちがキラキラしていて見るのも辛い時あるな。」

などのように思考が変化し、交流が大きく減ることになりました。

しかし、卑屈になっていたわけではありません。

この時には既に受け入れていますのでね。

わたし
「オレは名前さえろくに言えない、何もできないやつだ。」

(;^ω^)

一見、マイナス思考でダメに思われるかもしれませんが、大切な思考であるとは思っています。

どういうことかと言うと、吃音・どもりで自殺したくなる理由と脱却するためのポイントでも書いていますが、前向きにあきらめると、生きていくための光が見え始め、

自分の中に軸が出来ていく

ということですね。

人生を取捨選択し、価値を決めるのは、あなた自身であり、他人ではありません。

決して他人の人生を歩んではいけません。

あなたはあなたの人生を生きるのです。

 

他人の評価って本当にくだらないもの

この記事を読んで頂けたなら、

『評価』というものが、いかにくだらないものかという事がわかっていただけたかと思います。

別に否定はしません。他人の評価というものは確かに大切です。

しかし、他人の評価ばかりに価値の軸を置いていると、評価を得ているその力が失われた時に、評価は一変します。

簡単に裏切る人間も出てきます。

だから、人生においては、自分の価値の尺度をしっかり持つことが本当に大切です。

 

家族も他人である!?

私は、自分の身におきている症状が『吃音』だとわかると、

わたし
「オレに身になにが起きているんだ!?」

わたし
「何かに憑りつかれたのか!?」

といった恐怖からは解放されました。

すると、次は自分が『吃音』であるという事を理解して欲しくて、『吃音』の本を買って親に「読んで!」と迫ったり、退職した会社の社長に『吃音』の資料を持っていこうとまで真剣に考えていました。(←実際には行動していません)

それだけ

わたし
「理解して欲しい!」

病に憑りつかれることになります。

 

しかし

 

この思いは打ち砕かれることになります。

後になって考えると、よくわかることなのですが、

吃音・どもりのコトを吃音者でない者に理解してもらうのは無理

なのです。

そんなに『吃音』は次元の低い問題ではありません

そして、親も一人の人間であり、私とは違う思考回路の他人です

それを認めることにしました。

すると、「理解して欲しい。」といった強い気持ちはだんだんと薄れていくことになります。

 

chapter_4 さいごに

「吃音・どもりで自殺を考えた私のイタすぎる経験」と題して、この記事を書いてきましたが、

わたし
「こんなことを書くことに意味があるのかな?」

と正直思ったりしました。

しかし、今現在私が幸せに生きている以上、

わたし
「たとえ世の中のたった一人の人にでも生きる希望を持ってもらえるのかも?」

という思考にシフトしていきました。

もしこの記事の私の話が、少しでも吃音・どもりに苦しむあなたの人生にプラスになるのであれば、それは、私の経験に価値あるということであり、同じ吃音者であるあなたは、

つまり

存在しているだけで価値がある

という事です。

だから、文明の利器を巧みに利用し、同じ苦しみを味わっている同士を支え合っていきましょう。

吃音者が自殺してしまうことは、わたしたち同士にとっては、自分の身を切り刻むような思いであるはずです。

あなたは、存在しているだけで価値がある

ということを理解し、是非、浸透させていきましょう!

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